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カージナルと伊藤 秀輝

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昭和の東北のとある釣具屋のショーケース。
それを食い入るように覗き込むひとりの少年がいた。
伊藤 秀輝”少年”が輝く瞳で見つめるそのリールの名は、「ABU カージナル」-メイドイン・スウェーデン-。
「皇帝」と言う名にふさわしく、高貴で狡猾な、そして何より美しい形を持つ舶来のリールが、 静かに誰かを待つかのように陳列されていた。
しかし、当時2万5千円もしたこの高価なリールをその少年が手にすることはなかった。

そして時がたち伊藤”少年”は大人になった。
彼は仕事に就き、はじめてもらったボーナスでついに憧れの「ABU カージナル3」を手に入れた。
ここから伊藤と「ABU カージナル」の深く永い付き合いが始まる。
彼はこのリールと共に渓流に通い詰めた。
とにかく、数え切れないほどキャストを繰り返した。
ブッシュの奥、岩のえぐれにルアーを投げ込む。
深い淵でスプーンを引き、流れに乗せてスピナー引き、ガンガン瀬でミノーを躍らせた。
もちろん、彼がいつも好んで使ったのは「ABU カージナル」だ。

さらに時がたち現在、伊藤は日本を代表するトラウトマンになった。
彼はイトウクラフトというメーカーを立ち上げた。
彼の豊富な釣りの経験がロッドやルアーに活かされ、今や様々な商品が店頭に並ぶようになった。
毎年何度も尺ヤマメや40オーバーのヤマメをやさしく手にした伊藤の姿が、紙面を華々しく飾り我々を魅了する。
そんな彼の手には今も「ABU カージナル」が握られている。

伊藤 秀輝氏

今やダイワやシマノの世界に誇る日本のリールがあるにもかかわらず、 なぜ伊藤はこのリールを永きに亘り使用し続けるのか。
なぜ彼の求めている性能は日本のリールでは満たさないのだろうか。

例えば、「ABU カージナル」のその単純な構造がもたらす感度の良さ。
高性能ギアやベアリングを使用した昨今のリールは回転性能が高いので、小さい力で巻き取ることが可能だ。
だから多少の水圧であっても、意も無く楽に巻き上げることができる。
逆に言うと、微妙な水圧の変化を感じずに巻いてしまっているかもしれないということだ。
では、「ABU カージナル」はどうか。
もともと若干重いハンドル回転が水圧を少し受ける事によって、さらに重くなる。もっと受けるとものすごく重くなる。
これが伊藤の言う感度である。
彼はこの感度で水中のルアーの状況をよりいっそう把握する。
「今スピナーのブレードが回り始めた。」
「いま沈み岩の裏のたるみにミノーが入った。そして今抜けた。」
まさしく”今”を感じることができるので、タイミングよく効果的にアクションを入れていく事が可能となり、 さらなる釣果に繋がっている。

  次に挙げるのがそのサミングのしやすさ。
サミングとは、キャスト時にスプールから放出されるラインを人差し指を使って調整するテクニックの事だが、 これによって伊藤のあのダイナミックかつ繊細で正確なキャストが生み出されている。
「ABU カージナル」のベールアームは他のリールに比べコンパクトにしっかりと真横まで倒れ、 人差し指の妨げにならない。
また、スプールまでの距離が握り手から程よく近いので、しっかりとサミングできる。

そして、主な理由の最後として伊藤は「美」という性能を挙げている。
これは「ABU カージナル」に惹かれる誰しもがもつ共通の想いかもしれない。
太古から脈々と生き続けるトラウト達にはこのリールが良く似合う。
ショーケースを食い入るように見ていたあの頃からの「ABU カージナル」に対する憧れはこの「美」ではないだろうか。

伊藤は言う、 
「確かにデメリットは有る。だが、それを遥かにしのぐメリットが有る。
そして、そのデメリットは自分自身が補えばいい。道具を理解し道具に合わせることも大事なこと。」

このリールはベールバネが折れる事がある。
もちろん彼もそのことは心得ていて、釣行時には念には念を入れて2セット分のスペアのベールバネを用意している。
またラインはあえて5LBを使用しライントラブルを避けるようにしている。
大物を狙ってと言うよりもこのリールには5LBがベストだという考えがあってこそだ。

ロッド・リール・ライン・・・全ての道具、全ての自分の最大のポテンシャルで 挑むのが「イトウクラフト 伊藤 秀輝の釣り」である。

伊藤の「ABU カージナル3」の所有台数は新品も含め7台だそうだ。
彼の一生分の台数だ。
そしてこれは彼の釣りのスタイル・ポリシーが揺るがない事を意味しているのだろう。